【読書感想】 「私はチョウザメが食べたかった 」

【読書感想】 私はチョウザメが食べたかった

チョウザメとキャビア

 

 スピ海やボルガ川に生息する巨大古代魚。鮭と同じで海から川へ遡上するチョウザメと河川で一生生息するチョウザメがいる。ただし産卵したら命を落とすことはなく2年後にはまた産卵する。

 

養殖も盛んでこの産卵の繰り返し、チョウザメの帝王切開でこの貴重な珍味を取ることが可能。近年漁獲は減少、魚卵は世界三大珍味の一つキャビアにはベルーガ、オショトラ、セヴルーガと主に3種類。容器に色分けされ青色のベルーガが最高級。キャビアを少し添えただけで高価になるほど貴重希少品。パンの上にチーズかサーモン、その上にキャビアとスライスレモンが添えられ、カナッペ に、現地ではコンサートやバレー公演の休憩時間に立食カフェでシャンペンのつまみに提供される一品(旧ソ連邦時代の記憶では)。生臭さはなく美味しい、、。

 

古本で見つけた「私はチョウザメが食べたかった 」(著者 末広陽子) 父親の魚類学者としての土産話として聞いた「チョウザメ、美味しかった !」という言葉はやがてチョウザメに関心を持ち、ウクライナへカムチャッカへと更には日本各地のチョウザメ養殖場を訪問し、興味はやがて環境問題や食料問題へと発展していく。

 

チョウザメと言えばサメを類推し、アンモニアの臭いが強いイメージがある。キャビアといえばチョウザメ。実は、サメとチョウザメとは魚の種類が違う。サメはアンモニアを排する腎機能はなく、チョウザメにはそれがある。 臭いイメージは間違いである。 特に本書では チョウザメの産卵に関する箇所が印象的である。 本文より引用すると以下

 

「チョウザメの卵は、腹の卵巣のなかに包まれていて、それがあるホルモンに刺激されて完熟すると、卵がバラバラになって腹のなかに落ちてくるのだが、自然のなかではいったいなにがきっかけでそうなるのか、わからない。 そこで、捕獲したチョウザメに、他の魚の成熟した下垂体ホルモンを投与して、排卵させることを考え出した。この方法は、現在、他の魚でもおこなわれているが、これはチョウザメが最初だということである。自然の川から捕獲したチョウザメでさえ、こんなにむずかしいのだから、ましてや水槽の中で大きくなった成熟卵をとることは、至難の技である。、、、」

 

成熟した卵を適正時期に適正に処理を施すと卵を出すイニシエーターとなる。メスのチョウザメの体重の25%が卵巣で2年ごとに卵巣が成熟する。 そうすると産卵が期待でき帝王切開で卵巣を取り出し腹を縫合しチョウザメを元に戻すと数十年 キャビアを取ることができる。鮭のように産卵と同時に一生を終える種類ではなく、成魚となり 数十年にわたり大量のキャビアを産んでくれる。非常に生命力が強い。

 

この本の中では キャビアに限らず美味しいチョウザメの料理のメニューが組み込まれている。ロシアでのキャビア生産の現状、日本でのチョウザメ養殖の試み 、種類と資源量、 キャビアの美味しい食べ方などチョウザメに関する話題がこれでもかと言って取り上げてある。チョウザメ愛に尽きる本である。

 

ちなみにチョウザメの寿命は100年。我々高齢者には、目指せチョウザメ100歳超えを!!長寿社会まっしぐら!!と生命力は参考になります。 (Mr.X

 

問題はロシアより、むしろアメリカだ  (朝日新書) 新書 – 2023/6/13 エマニュエル・トッド (著), 池上 彰 (著)

グッバイ、レニングラード ソ連邦崩壊から25年後の再訪 ‎ 文藝春秋 (2018/3/8) 小林文乃 (著)

再訪、ロシアは変わったのか。その歴史の光と影を綴ったルポルタージュ。

戦時中、ナチスドイツによって完全包囲され、100万人もの市民が餓死・凍死した。ロシア第二の都市・サンクトペテルブルクで誕生したある曲の軌跡を探るために。ショスタコーヴィチ作曲『交響曲第七番』、またの名を『レニングラード』。

ドイツ軍包囲のレニングラード900日間の最中での市民の食料困窮での生活や凍ったラド湖を人命回路として食糧・人の輸送の様子。あげくはドイツ軍に明け渡さずとしてのレニングラードを完全に焼き尽くす作戦。想像も出来ない命からがらの抵抗作戦。そんな中で芸術を愛する市民が喚起するあるいはドイツはこの音楽を聴いてレニングラードには勝てないと思わせた曲。ショスタコビッチ作曲、交響曲第番第七楽章。

レニングラードで初公演。市民が喚起した曲。また勝利の曲。

ロシア市民の生活を当時と2016年時点での様子を垣間見ることが出来る。冷戦時代米国と核開発や宇宙産業に国家を挙げてまい進してきたソ連であったが。必ずしも大国での表情と国内状況は一致せず、無理をして背伸びをして来た現状から一気に理想とした社会主義経済が崩壊してしまった。

平等社会は理想だが、競争を失くした社会では生産性は低下し、労働意欲も低下する。教育費や医療費の無料や安定した年金受給といった称賛されるべき制度は社会主義時代の旧ソ連邦の特権だったが資本主義導入で大きく揺らいできた。

昔を懐かしむ国民性、強いロシアを夢見る国民性。ソ連崩壊で大きく変化してきた。振興財団の隆盛、一部特権階級の資産の蓄積と貧富の拡大等。とは言え食料困難な時に多くの国民を救ったダーチャ制度は今直健在である。

2000年よりプーチン政権の中で天然資源の輸出で力を復活させてきたロシア。ナチスによるレニングラード包囲戦の最中、ショスタコーヴィッチが交響曲7番の初演を実行する劇的な場面を中心にロシアの一般民衆がどのように思い、どのような行動をとったか、取材をとおして思い描いている。長い長い零下10℃~20℃以下の極寒の冬を耐え忍ぶ国民性の不思議な国のロシア。理解に苦しむ国である。食糧難や極寒を耐えうる適応であの太った体型や度数の高いウォッカを好む国民性が形成されたのであろう。自然のなせる防御策の一つと考えれば納得である。知らないロシアを知る事ができる。

ロシアのなかのソ連: さびしい大国、人と暮らしと戦争と 単行本 現代書館 (2022/9/21)                                                                        著者 馬場朝子

 

「ロシアはわからない、ロシアは怖い。それが日本から見たロシアのイメージだろう」冒頭の書き出しである。NHKラジオロシア語講座に連載中の著者馬場朝子氏のロシアを知る切掛けとなる昨年8月に刊行された書籍である。著者は1970年、今から52年前にモスクワ大学で6年間留学し放送局で長年番組ディレクターとして働き取材で50回ソ連、ロシアを訪問し様々な土地でさまざまな人たちと出合い番組作成にあたってきた。

放送局退職後、2012年から5年間モスクワに移り住み暮らした経験からロシアの過去の栄光と挫折を振り返って不可解なロシアの謎に迫ろうとしている。

 ペレストロイカ、アフガン進攻、ソ連崩壊、チェチェン紛争、ウクライナ進攻。その度になぜ?どうして?と取材しドキュメント番組を作成し続け40本となる。1つの謎が解けるとまた次の謎が顔を出す。依然ロシアは謎だらけ。

 かつてのソ連への回帰を目論もうとしているロシア政府、東西冷戦時代に欧米と対立しながらも宇宙開発や軍事産業で世界をリードした過去の実績を懐かしんでいるように思える。ソ連の誇りを思い出し国民が結束し困難を乗り越え強いロシアへのノスタルジーが広がっている。

 1991年のソ連崩壊は衝撃的だった。磐石な鉄のカーテンが崩れたのだ。社会主義が崩壊し新生ロシアは未知の資本主義への道を歩み始めた。だが過酷な生存競争の世界の幕開けであり、その現実に人々は驚き苦しんだ。社会は混乱し無法地帯の様相を呈しはじめた。その大混乱のロシアを安定化させたのがプーチン大統領だった。新興オルガルヒの政権に批判的な勢力を追放し石油や天然資源会社を国営会社に落札させた。彼自身、ソ連時代に教育を受けソ連時代を生きた両親に育てられた正真正銘の生粋の「ソ連人」である。彼の中ではソ連が現在進行形である。モスクワの町を歩くとヨーロッパと何も変わらない華やかな通りが続き近代化して、ソ連時代の灰色の町の面影はもうない。一方で友人達の暮らしを見ると昔と変わらない一緒だなあと思うことがよくある。ロシアは確実に変わったがその変化は遅々としている。資本主義でありながら過去の社会主義の価値観と相反しながらも迷いつつあるべき姿を探しもともているように見える。社会主義国家ソ連の実態と現代のロシアの奥底で腰を構えたまに頭を覗かせてくる現状を日々の暮らしからみつるに。今を見るだけではわからないロシアの姿が歴史を振り返る事で見えてくる。そうだったのか。なるほど、ロシアの謎が少し解けるかもしれない

【書籍紹介】シベリアのバイオリン コムソモリスク第二収容所の奇跡                         著者 窪田由佳子 地湧社出版                                                    20201月25日発

   酷寒の地 シベリアで生きる希望や力とは? 

「バイオリンを思う存分弾きたい! 」その一念で著者の父、窪田一郎は昭和18年、17歳の若さで満州に渡った。 そこで待っていたのはシベリア抑留という過酷な現実。当時ソ連は独ソ戦争により大きな人的被害と物的損害を被っていた。1945年89日長崎に原爆が投下された日、ソ連は日ソ不可信条を破棄して日本へに宣戦布告、樺太、千島列島へ侵攻を開始した。戦後復興を担う労働力不足を補うための措置として日本に対してもドイツ等に対しても同様に捕虜として強制収用所へ送った。

シベリア抑留は日本人60万人が対象とされた。ソ連領内の各地へ連行された日本の軍人・軍属はマイナス30度を下回る厳しい環境で強制労働を強いられた。衛生環境や食料事情も悪く、飢えや病気によっておよそ6万人が命を落としたとされる。

 収容所生活が長引くなか、父一郎は廃材を集めてこっそりバイオリンをつくりはじめた。これがきっかけに日本人6000人の収容所で楽団と劇団が生まれた。明日の希望もない捕虜たちの生活に喜びをもたらした。一郎たちはやがて日本向け短波ラジオで演奏することになる。楽団長が思いがけない行動に出てたのである。

 数万の人が命を落としたとされるシベリア抑留。歴史的事実を伝えると同時に、そんな中でも音楽や芸術文化に喜びを見いだし、希望を捨てず生き抜いた人々がいたことを教えてくれる。音楽や演劇などの芸術は希望を与える。 シベリア抑留の実話に基づいた、胸ふるえる感動の物語。短編ですぐ読み終えることが出来る。

 

【読後感想】「夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く」

「分断する」言葉ではなく「つなぐ」言葉を求めて 著者  奈倉有里

出版社 : イースト・プレス (2021/10/7)   

奈倉さんは「同志少女よ敵を撃て」の著者逢坂冬馬さんの実のお姉さんである。日本人として初めてロシア国立ゴーリキー文学大学を卒業。全学年合わせて約250名という小規模大学だが、ロシアでは知らない人のいない特殊な大学。高校卒業後、ペテルブルグの語学学校で学び、モスクワ大学予備科を経てこの文学大学へ入学。

奈倉さんは父親が教育者で語学好きの母親の影響下でドイツ語を学んでいた母がある日スペイン語に熱を上げ、その対抗意識であろうか?ロシア語を猛然と学び始めた。NHKのロシア語講座を皮切りにロシア語を学び始め単身ロシアへと渡った。ロシアのことは文学作品を通じてしか知らなかったという。それだけロシア文学に親しまれていた証であろう。今では新進気鋭のロシア文学翻訳家である。

冒頭、ロシア往き飛行にてコペンハーゲン空港トランジットでトラブル発生。これから先のロシアでの学生生活に一抹の不安を感じさせるが、空港で偶然出会ったバイオリニストとの縁でトラブル回避。今にも空港で泣きそうな彼女に音楽家らしく彼は、1970年代にヒットした歌謡曲をさりげなく「もう泣かないで、お嬢さん、、」と歌い出す場面、まさに映画のワンシーンを観るかのようである。無事ペテルブルグへ到着!このバイオリニストとの出会いが留学先での全ての運命的な出会いを暗示している。

サンクトペテルブルクでの語学学校、モスクワでの文学大学生での寮生活、交遊関係、深い文学論を論じる先生達との学問を通した師弟関係等、詩を中心としたロシア文学を学ぶ喜びを叙情的に語ったエッセイ集だが小説とも言えそうな表現力豊かな作品言える。

作品を通して文学への道に迷いなく進まれる姿は横道の多い自分には到底考えられない努力の賜物で充実した学生生活をロシアで過ごされたと思う。まっしぐらに本気で学門、研究に打ち込まれる姿、その才能を自分にも分けてもらいたい気がする。

特に全人生をかけて講義し学生を指導魅惑するする先生方と生徒との交流に感動。恋愛にも発展するかと思わせる内容の場面など学生の成長と文学への愛情を感じる箇所でもある。学性生活での交流、別れ等。ロシアでの過ごした生活を通して感性豊かに政治や国家、文化、友情、差別等、各方面にわたる繊細な文章表現力は著者ならではのものと感じる。

アントーノフ先生が作品に出てくる。先生との出会いは文学とまっすぐに向き合おうとする学生への思いが弟子への愛情となって綴られている。独り身で学生たちと同様、寮に住み、授業が終わると大学構内で早々と酔っ払い、休日はビールを片手に公園を徘徊するような先生。ところが、ひとたび教壇に立つとまるで別人となり、教科書を一切使わず、重要なことばかりをまくしたてる。授業の始まりが、劇場の幕が上がるようなものだった。普段の酔いどれ姿から情熱ある先生へと大変身。先生の講義に魅了された奈倉さんは、速記を覚え、授業を一言も漏らさず書き取ろうと心に決める。素晴らしい先生との出会いは彼女の文学への探求心の拠り所であった。

作品の中で文学用語やカタカナの多い作品や著者名などましてや詩の文体表現など、文学とは無縁な私には理解できない内容でもあったが、言葉を記号や単語として取り扱うのでなく、文学を通して言葉と言葉を繋ぐ事の大切さを伝えようとされているのが理解できた。各章の冒頭の著名な作家の文章や詩、歌詞等が見事にそれを表現している。

今では、ロシア文学の翻訳だけに留まらずクライナ問題を切掛けにウクライナ、ベラルーシ、ロシアの文学者、知識人や友人たちがどう考えているか丹念に調査し情報を発信されていると言う。

余談であるが、ヘルシンキからペテルブルグに乗り継いだアエロフロート機内の記載が懐かしかった。「、、着陸した瞬間、、、一斉に拍手をした。私もつられて手を叩いた、、、着陸と同時に「やったー無事に着いたぞ」と拍手をするアエロフロートの、、、」

40年前に初めて搭乗したエアロフロート機でモスクワ・シェレメチェボ空港着陸の際、霧のかかった上空から着陸態勢に入るものの車輪を下ろす音がしたかと思えばまた車輪が収納され上空を旋回すること数回、機内アナウンスはなく、あったとしても聞き取れていなかった。そんな中、霧の切れ目をぬって飛行機が一気に着陸態勢に入り無事に着陸。着陸と同時に機内では一斉に拍手、私も一緒に拍手。当時一斉の拍手は無事に着陸できたからと思っていたが、本文を読んで、当時のアエロフロート機乗客のルーチーンだったのかもしれない。いずこの国の飛行機でも昔はそうであったとか、、。飛行機での一コマが遠い昔の記憶を思い出させてくれた。

                      (Mr.X)

                               

【読後感想】「同志少女よ敵を撃て」

本屋大賞受賞作品 「同志少女よ、敵を撃て」を読み終えて

―スコープから覗く標的には?銃弾が発射され最後に思わぬ展開が-

著者は逢坂冬馬さん 第11回アガサ―クリスティー賞を受賞。全選考委員が満点の史上初の選考結果。今年2022年、市民が選ぶ大賞と言える本屋大賞受賞。女性狙撃兵の復讐劇かと思いきや圧巻は最後の思いもよらぬ展開。真の敵は誰だ!

狙撃兵オリガ(ウクライナ出身)の語りにウクライナがロシア(旧ソ連)に虐げられてきた歴史がある。臨場感満載、ハラハラ、ドキドキ、スピード感が溢れる戦争歴史小説。

1930年代後半、ソ連はスターリンによる赤軍粛清で自国の防衛力 軍事指導者の大量喪失をまねき人的戦力が壊滅状態となっていた。独ソ戦は民間人含む戦死者数はソビエト側2700万人、ドイツ側900万人とも言われ、人類史上最悪の戦争であった。スターリングラード攻防戦で有名な狙撃兵はワシリー・ザイチェフそれにウクライナ出身のリュドミラ・パブリュチェンコ。1人で300人以上のドイツ兵を倒した英雄女性狙撃兵。彼女も作品に登場する。 

日本人からすると独ソ戦は遠いヨーロッパ地域での戦争であったが、この作品は独ソ戦争を知る格好の材料と言える。

1942年、独ソ戦が激化するモスクワ郊外の農村に暮らす少女セラフィマが主人公。ナチスドイツ軍により村が急襲され母親他村人は惨殺。主人公は赤軍の女性兵士(狙撃兵)イリーナに救われる。唯一生き残った彼女は復讐するために一流の狙撃兵になることを決意。同志の女性と訓練を受け女性狙撃兵として戦場へと向かう。

入念な歴史考察を元に史実に沿って描かれ、実在した人物、実在した狙撃銃、機関銃、戦車等の兵器が詳細に記述され、戦争・兵器オタクにも楽しめる(戦争を楽しんでいる時ではないが!)。ソ連や独ソ戦についての知識を得ることが出来る人間ドラマとしての作品である。

一流の狙撃兵としてどの様に成長していくのか?狙撃した数を誇らしげにする主人公に教官イリーナは諌め、一流の狙撃兵との問答の中で「真の達人は欲望に囚われずにただ無心に技術に打ち込むと言うことだ」、「道」を極めた達人の域にあるもの言葉。独ソ戦争、エンタメ小説、冒険小説としても読め、戦争テーマが苦手な人にも楽しめる。登場する人物の一人一人に緻密な描写でキャラクターを表現していので物語に奥行きがでている。

女性狙撃兵の小隊がスターリングラードでの戦いに参加し、生死の中に身を投じながら「生きたいのか、死にたいのか?」とイーリアに詰問され、真の敵は誰なのか?村を壊滅させたナチスドイツか?母の死体を焼き払った赤軍か?それとも??敵対する真の敵は?と、問いかける。

見せ場は、ケーニヒスベルクでの戦闘と最後の結末である。かつて結婚をしようと考えていた同郷の幼馴染の味方であるはずのソ連兵士ミーシカを狙撃することになる。思わぬ展開。まさにスコープから覗く標的には幼馴染のミーシカ、彼が仲間と共に勝利に歓喜し同胞の士気向上、組織団結力を理由にドイツ人女性を蹂躙しようとしていた。スコープ越しに銃弾が発射され思わぬ展開となる。

戦争の悲惨さは男性の言葉で語られてきた。ナチスドイツのユダヤ人虐殺や性暴力は語られたとしても独ソ戦争においてドイツ兵によるソ連女性に対する暴行も、ソ連兵によるドイツ女性に対する暴行も性犯罪については語られることはなかった。この作品の真の敵は“戦争自体が敵で味方も敵になる”ではないだろうか?戦時下における性暴力について現代だからこそ浮き彫りにされる戦争犯罪だろう。 ロシア軍によるウクライナ女性への性犯罪もしかり。

「人間を悪魔にしてしまう、それが戦争である、でも我々は悪魔になってはいけない」この言葉は重い。平時において理性的な人も、戦時においては理性が吹き飛ぶ。戦争、命の意味について色々と考えさせられる作品である。看護師ターニャの生き方に共感を覚える。敵味方関係なく命を救う。戦争後の女性狙撃兵のそれぞれの生き方には友情や仲間意識を深く感じさせる。深い心の傷を負った彼女らのその後の生活、のどかでもありどこか過去を引きずる。

女性を中心に書かれたこの本を読み終えて、本質は“戦争自体が敵”でその延長に“戦争下における性犯罪”があることを切に感じた。主人公が「戦争から学び取ったことは、八百 メートル向こうの敵を撃つ技術でも、戦場であらわになる究極の心理でも、拷問の耐え方でも、敵との駆け引きでもない。命の意味だった」と語っている。

戦争は人を狂気に走らせてしまう。平和の尊さを改めて認識すべき時だと思った。「戦争と平和」という人類普遍の命題に迫る著者のアプローチは、混迷する現代の国際情勢にも繋がるものがあると感じた。男女関係なく世界中の人々にとって“戦争自体が敵”である。 (Mr.X)

 

 

 

【書籍紹介】 ようこそシベリア鉄道へ (ユラシア大陸横断9000Kmの旅)  二村高史著 2022年(株)天夢人発行

一度は憧れるシベリア鉄道。極東のウラジオストクと首都モスクワを結ぶ世界最長となる全長約9300kmの路線。北京やウランバートルへ向かう路線もあり。何といっても車内での乗客との出会いは忘れ難い思い出。

昨今のウクライナへの侵攻・戦争問題を引き起こしたロシアで、旅行気分でシベリア鉄道の旅は残念ながら出来ない状況。コロナ禍が収束しウクライナとロシアとの和平交渉が決着した後には、機会があれば是非とも乗ってみたいと思っている方へ贈るシベリア鉄道の旅の指南書。著者は三度目の乗車(2015年)で今回は奥様もご一緒。カラー写真が豊富でサイズも各種あり息抜きに気軽に読める内容となっています。

ウラジオストクからハバロフスクへ、イルクーツク、ノヴォシビルスク、モスクワそしてサンクトペテルブルクへの日帰り旅行まで。列車や駅、食べ物、風景など多くが写真で紹介されています。特に町並みの様子を34年前と定点写真で比較しているのは面白い試みです。ですが余り街並みの風景は大きく変わっていないので昔の様子はそのままに近い印象で、少し残念な気持ちも(変わらないことは良いことですが)。二等車、一等車、ローカル線等の記載もあり特徴が良く分かります。「知っておきたいシベリア鉄道基礎知識」の欄は旅行支度の参考になります。息抜きにすぐ読め、コロナ禍での自粛生活には旅行気分の味わえる実用情報満載のシベリア鉄道乗車紀行です。

著者の記事の中で「ウラジオストックからモスクワに直通する人気列車のロシア号では、バイカル湖岸の通過は夜半から未明になってしまうので車窓を楽しむのは難しい、、、、」とあり、7年前にシベリア鉄道に乗った私も「そうだ、そうだ」と頷いたものです。旅慣れた方はウラン・ウデで途中下車しローカルな湖畔線に乗り換えるか、モスクワからウラジオストックの下りの路線の時刻表では昼夜が逆転するとかで、バイカル湖の湖畔を車窓から楽しむには下りのロシア号を選択されていたようです(2015年当時)。現在時刻表も変更になっているようで、ローカルタイムで ウランウデ09:42-10:07 イルクーツク16:58-17:29(ミールネットワークソリューションより)と日中のバイカル湖周辺の通過となっているようで有り難い。

最近のシベリア鉄道情報では新型車両(「新ロシア号」)の導入、シャワー室、自動販売機の導入、車内でのWi-Hi完備、多数のコンセント設置等、メインは東西間の貨物輸送は「石炭ファースト」の鉄道ですが、長距離列車を中心に旅客営業にも力を入れています。毎日運行となり時刻表も改訂されています。

季節に応じて変化する車窓風景。窓からは白樺の木を含む針葉樹林一色。延々と続くその景色は少し単調でもあります。たまに湿地帯のような箇所や民家が点在しますが、どこに人がすんでいるのだろうか?まだまだ開拓されていない広大な土地がロシアにあるのを実感出来ます。

のどかな大陸横断鉄道旅行でユーラシアの風を感じてみませんか?

シベリア鉄道の建設の歴史や戦前にモスクワやパリに向かった、与謝野晶子、宮本百合子、林芙美子の足跡をたどる記録も別書にありますが、まずはともあれ本書を眺めて息抜きをしてみては如何でしょうか?(Mr.X